こんにちは、まるぞーです。
最近ずっと憂鬱な気分が続いています。
理由の一つは前立腺の症状ですが、もう1つ、尿の濁りも気になっています。
昨日から今日にかけても、1度びっくりした時ほどの強い濁りはありませんが、毎回トイレで用を足すたびに注意して見ていると、やはり少し濁っている時があります。
泌尿器科は先日行ったばかりですが、今週の土曜日は、内科の通院日ですので、内科でそのことを話して、尿検査をしてもらおうと思います。
たぶん何でもないとは思いますが、心配なので、検査して異常がなければ安心できますし、もし何か異常があったら大変です。
よく考えたら泌尿器科でなくても内科でもいいんだと思い、ちょうどいいので、検査してもらいます。
さて、それは置いておいて、今度は父のことですが、以前ブログに父は膀胱癌ではないかと思うと書きました。↓
それからずっと、とにかく父は医者に行きたがらないので、そのまま放置ですが、昨日母が、父のおしっこが赤いと私に言いました。
最近もますますおしっこを便器の外へこぼすので、父がトイレに行った後は毎回のように母がトイレを掃除していますが、父がトイレを流し忘れることがあったようで、その時に母が便器を見たら、おしっこが赤かったそうです。
もう私はこれは絶対に膀胱癌に違いないと思います。
おそらく尿の勢いもなくなっているので、ますます便器の手前にぼとぼととこぼすんだと思います。
母が言うには、歳をとると尿の色が濃くなって、きっと腎臓の機能が悪くなっているからだと言いますが、私に言わせれば、もし腎臓の病気なら、血尿は茶色っぽい色になります。
赤かったりピンクがかっているのは、もっと尿の出口に近い所の異常で、まさに膀胱がんの症状だと思うのです。
本当なら医者に行って尿検査をするのが普通ですが、父は頑として医者には行かないと言います。
私は父とは直接話せる関係ではないので、すべて母親を通して聞いたことですが、医者に行かないのは早く死にたいからだそうです。
毎日生きていても楽しいことがなく、緑内障で目もだんだん見えなくなってきているので、早く死にたいのだそうです。
そう言われると、私も本当に歯がゆいですが、もう何も言うことができません。
どうにも納得がいきませんが、父も母もそのつもりなら、もう放置して死期を待つしかありません。
もちろん前にも書いたように、体に激痛でも走って苦しがれば、救急車を呼ぶんでしょうが、その時ではもちろんもう手遅れです。
でも本人も母もそれでいいと思っているのですから、仕方がありません。
もう私がどうこう言うことではないのかなと思うようになりました。
それでもなんだか悔しいですし、私は嫌ですよ。
でもそろそろ父の死も受け入れないといけない時期なのかもしれません。
父も母も、いずれは死にますからね。
ただ最善の医療を施してほしいと私は思うのです。
日本では安楽死はまだ認められていませんし、第一私はそれって怖くもあるし、なんだか無性に寂しいのです。
いくら年を取ったからと言って、生きているのが楽しくないから早く死にたいだなんて、なんだか寂しくて、やるせない気持ちになります。
そういう私だって、生きていて毎日が楽しいかと聞かれたら、全然楽しくはありません。
むしろ年々楽しいばかりか、生きるのが辛くなっています。
まだ55歳でこんなですから、この先年老いたら私はどうやって生きていけばよいのでしょうか。
そもそも生きていて何になるのでしょうか。
そう考えると、私も楽に死ねるなら、早く死にたいと思ってしまいます。
将来を考えると、今よりももっと悪い状況しか想像できません。
病気に苦しみ、父と母亡き後、人付き合いが嫌いで、妹とも疎遠になり、友達さえ縁を切ってしまった私は、一人でいったいどうやって生きて行けばよいのでしょうか。
生きていていったい何が楽しいのでしょうか。
そんな風に考えてしまします。
父の問題は、実は私の問題でもあったのです。
父の姿を見てものすごく気分が沈むのは、今私が見ている父の姿が、まぎれもなく近い将来の私自身の姿だからにほかなりません。
いけませんね。こんなことばかり考えていては。
あまりにもネガティブな事しか書けなくて、読者の皆様にも申し訳ありませんが、今の私には明るい話題は書けません。
また株価が上昇し始めたら、少しはポジティブになれるのでしょうか。
とにかく今はダメです。別に株価のせいだとは思いませんが、どうなんでしょうかね。
自分の感情をもう少し上手にコントロールできたらいいのになあと思います。
今日はこの辺でやめておきます。
それではまた。