こんにちは、まるぞーです。
今朝早く実家の固定電話が鳴りました。
私は実家の電話にはいつも出ないので、今朝も出ませんでした。
8時ちょっと前でしたが、母はまだ寝ていましたので、呼びませんでした。
いつも大体8時に私が起こすことになっていますので、母を起こして、電話があったことを伝えました。
私は電話が鳴った時に悪い予感がして、おそらく電話の主と要件はこれに違いないと思っていましたが、実際その通りでした。
あとで母に聞いたら、やはり例の、以前ブログに書いた東京に住んでいる叔母さんの訃報でした。
前にブログに書いた時は、コロナに感染して重症となり、一時危篤状態でしたが、それは奇跡的に回復してよくなりましたが、それを機に認知症もさらに酷くなり、何よりも体力をなくしてしまったようで、もともと緩和ケア病棟に住んでいたのですが、息子である従弟も、そう長くはないと覚悟はしていると言っていました。
この暑い夏を乗り切れるといいなあと母が言っていましたが、急に涼しくなると危ないという母の予感通り、昨晩息を引き取ったそうです。
私は幼いころからよく会っていましたので、親戚の中でも一番よく知っていた叔母さんですから、思い出もたくさんあります。
それでも父が亡くなった今年の2月に、癌がわかり余命半年だと聞いていたので、いずれはこういう時が来るだろうと覚悟はしていました。
父が亡くなった時のことを思い出し、従弟もさぞかし大変だろうなと想像します。
その従弟が親戚一同に気を使ってくれて、東京は遠いので来なくていいと言ったそうで、それでもその叔母さんの弟に当たるおじさんは行くと言っているそうですが、私は厚意
四十九日には、地元愛知県のお寺に納骨しに来るそうですから、その時に出席することにします。
叔母さんが亡くなって悲しいというのは正直あまり強くはありませんが、とにかく東京までそのおじさんと一緒に新幹線に乗っていくのが嫌でしたので、行かなくていいことになりホッとしています。
それにしても叔母さんは、私の母より1つ年上なだけです。
母ももういつ亡くなってもおかしくはない年齢ですし、身体もだいぶ弱っていますから、自力で生活できる日もそう長くはありません。
施設に入るかどうかはわかりませんが、叔母さんの死を目の当たりにして、どうしても次は母の番だと思ってしまいます。
母が亡くなるなんて考えたくもありませんが、やがてその日はやってきます。
それはもう避けることができない現実なのだと思うと、どうしようもない淋しさと恐怖が襲ってきます。
私もそれだけ年を取ったのだから、仕方がないことなんですけどね。
これで父の兄弟は、末っ子の叔父さん一人となりました。
ついでに母の兄弟も末っ子の母以外は、もうとっくのの昔に皆亡くなっています。
人はいずれ死ぬものですが、やはり肉親の死に直面すると本当に辛いです。
そして母は私の唯一の理解者であり、話し相手であり、今でも精神的支柱です。
母が亡くなったら、私は本当に天涯孤独の独り者です。
友達もいなければ彼女もいない、ましてや奥さんも子供もいない。
どうやって生きていくのでしょうか。生きていけるのでしょうか。
その時になってみないと分かりませんが、なるようにしかなりません。
とにかくまた悲しい出来事が起こりました。
それではまた。