こんにちは、まるぞーです。
昨日仕事を辞め、晴れて無職になり、今すがすがしい気持ちだと書きました。
では今まではどうして無職が嫌で、辞めても辞めても懲りずにまた仕事についていたかと言うと、コメントでも指摘された通り、社会とのつながりが欲しい、これだけ苦労してきた人間関係であっても、中には心地よかった人間関係もあり、やはり孤独が辛いから、人と関わりを持ちたい、ついでに言えば、無職の引きこもりでは承認欲求が満たされないというのが、仕事が完全に辞められない理由でした。
では今回それは解決したのかという質問でしたが、実は私の中では解決しています。
今日はそのことについてお話しします。
決して富裕層でもなければ、有り余るお金があるわけではありませんが、なんとか投資と倹約で、今後働かなくてもお金に困らない目途が立ちました。
ですからお金のために仕事をするということはもうありません。
ただし人との関わりが持ちたいということと、承認欲求が欲しいという問題はどうしたらいいのでしょうか。
今まではそれを求めて、一度はボランティアをやってみたり、テニスのサークルや英会話のサークルに入ったり、ネットで募集していたおじさんとつながって、テニスをしてみたりしましたが、いずれもダメでした。
ダメだった理由はやはりすべて人間関係でした。
ボランティアにも嫌な人がいましたし、テニスのサークルでもそうでした。英会話は先生がすごく嫌でしたし、おじさんとも仲良くはなれませんでした。
仕事でお金をもらうから人間関係がこじれるのではなく、人の集まる所、何処へ行っても必ず嫌な人がいて、私は人間関係でつまずくのでした。
では完全に無職になった今、と言ってもまだ無職になって1日しか経っていませんが、今後やはりまた仕事がしたくなってしまうかと言うと、今回はそれはないと思います。
なぜなら、今の私には、人との関わりと承認欲求を満たしてくれるものがあるからです。
それは何かというと、ブログとNFTアートです。
これは今始めたわけではなく、ずっと前からやっていたもので、特にブログはセミリタイアと同時に始めましたから、もう6年になります。
NFTアートは、2022年からですから、まだ2年目ですが、ずっと続いています。
正社員の会社をうつ病で首になった時に、図書館でインデックス投資の存在を知り、ネットでセミリタイアブログに出会い、人生よよよさんのブログにたどり着きました。
これが私の人生において、大きな転機となりました。
セミリタイアしたら投資とブログをやれと、よよよさんがブログに書いていた通り、私はインデックス投資とブログを始めました。
インデックス投資は初めからずっとうまくいっていましたが、ブログはなかなか成果が出ず、こんなことをやっても所詮独りよがりではないかと思い、モチベーションも上がらず、挫折しそうになったこともありましたし、収益を上げるために、雑記や日記ブログではなく、アフィリエイトで商品を紹介するものや、投資に特化した情報を発信するブログにしようかと思ったこともありましたが、所詮私の能力ではそんなものができるはずもなく、もう収益は度外視して、私にもできる唯一のブログ、つまり今のスタイルの雑記および日記ブログで、自分の言いたいことを書いています。
いまだに収益はとても生活費の足しになるようなレベルではなく、1か月にせいぜいかっぱ寿司10皿分くらいですが、それでも収益があるというのが、すごく励みになります。
少ないながらもずっと読んで、時々コメントをくださる読者の方も何人かいますし、そういった方に読んでもらえると思うと、これは単なる独りよがりではなく、ちゃんと世の中に向けて発信していて、ブログを通じて、世の中や人とつながっていると実感することができます。
そしてリアルな人間関係と違い、顔も見えず、本名も明かしていませんから、程よい距離感があり、もし誹謗中傷されたら、それは落ち込むとは思いますが、そういう人間関係は切ってしまえばいいので、私でも続けられるのだと思います。
私にとってはこれくらいの希薄な人間関係がちょうどよいのです。
そして私は安全な場所にいるので、リアルと違って、ある程度本音が言えます。
リアルな人間関係では投資をしていることも言いにくいですし、資産額だって公表できません。
自分の意見を言っても否定されると傷つきますし、気を遣って言いたいことも言えないことが多いです。
ですからブログは私にとって自由な自己表現の場所であり、他人とつながりを持ち、承認欲求が満たされるところなのです。
そしてもう一つこれが重要なのですが、僅かながらでも広告収入で、お金がもらえることです。
これがもし広告なしの収益0だったとしたら、承認欲求は満たされるかもしれませんが、仕事に対してのボランティアと同じで、何かもう1つモチベーションが上がりません。
ところが僅かでも収益があると、これはもう金額の問題ではなく単なる気持ちの問題ですが、自分の力でお金を稼いだという、ものすごい達成感と満足感があるのです。
金額から言ったら、週1日の短時間バイトを1か月に4日働いた額の、僅かに10分の1ですが、それでも嫌な作業をただ我慢してやった1万円よりも、自分の好きなことを自分の意志でやりたいようにやって稼いだ千円の方がうれしいのです。
仕事に貴賤はないと言いますが、それはきれいごとの建前で、例えばよよよさんがやっていたような、毎日毎日ただひたすら工場で段ボールを組み立てるだけの仕事など、楽しいはずはなく、それにやりがいを感じろというのは無理な話です。
私も正社員の仕事は辛いこともいっぱいありましたが、楽しいこともあり、やりがいもありました。
それがあったから、それをいつまでも追い求めてしまい、その後のパートの仕事が耐えられなくなっても、きっとどこかにいい仕事があるはずだという幻想が捨てられなかったのだと思います。
私がやったパートの仕事も、誰にでもできる、ただひたすら同じ機械的な作業を、ロボットのように繰り返すだけの仕事でした。
これからは私は自分の肩書を文筆家にしようと思います。
紙媒体の本は自費出版で出すとなると莫大なお金がかかりますし、そんなもの売れるわけがないですから、在庫で家が埋まってしまいます。
そんな馬鹿な真似はしません。
ところが今はネットというものがあり、ブログならどれだけ書いてもお金はかかりませんし、書いたものを保存する場所もいりません。
そしてそれで私は僅かでもお金を稼いでいるのですから、ある意味プロと言ってもいいでしょう。
もちろんそれで生活費が賄えるわけではありませんが、文書を書いてそれでお金が稼げるならそれは立派なプロの文筆家です。
書いているのは日記と雑記ですから、小説家ではなく、まあエッセイストとでも言ったところでしょうか。
今後職業を聞かれたら、作家ですと言ってやろうと思います。
そしてそれと同じ考え方で、私はプロのアーティストでもあるのです。
NFTアーティストです。
これも画材も必要なく、アトリエも必要なく、画廊を借りてお金を払わなくても、ネットで無料で発表して売ることとができます。
たまった作品を保管しておく物理的な場所もいりません。
もちろん無名の私がデジタルで作った写真や絵など、誰も相手にしてくれません。
ところがツイッターで発信したところ、1人だけ私の作品を気に入ってくれて、実際に買ってくれた人がいます。
その人はNFTアートのコレクターで、私の作品以外にもたくさんのアーティストの作品を購入してコレクションしていますが、決して大金持ちでもなく、自分もまだ若いアーティストで、NFTをやっている人です。
今までに私の作品は全部で6点売れましたが、買ってくれたのはすべてその人です。
値段は1点500円そこそこですが、やはり金額の問題ではありません。
もし1点も売れていなかったら、それでも趣味としては成立しますが、やはり私のモチベーションは下がる一方で、いい加減辞めたくなったでしょう。
でもたった1人とはいえ、私の作品を素晴らしいと褒めてくれて、実際に何点も購入してくれた人がいる、この事実だけで、私がNFTアートを続けていくのに十分な理由です。
金額的にはブログよりさらに圧倒的に低く、箸にも棒にもかからない額ですが、0と1には天と地の違いがあり、1円でも売れれば、それはもうプロフェッショナルと言えます。
ですから私はこれからもずっとNFTアートを続けていくでしょうし、自称アーティストです。
この2つがあるから、もう私は仕事を必要としません。
生活の基盤はやはり投資ですが、趣味というか副業というか、つまりは仕事の代わりに承認欲求を満たす手段が、ブログとNFTアートという訳です。
毎日仕事に行く代わりに、実家から仕事場である自宅マンションに移動して、パソコンを開き、ブログを書き、デジタルで写真を加工したお絵描き作品を作り、それをネットで販売し、ツイッターで宣伝する。
これが私の今とこれからの生活です。
お金の心配はいりません。
あとはこれで健康だったら、もうバラ色の人生なんですけどね。
そして私に残された時間はあと10年。
なかなかすべてが思うようにはいきません。
でもこれって幸せと言ってもいいのでしょうか。
それではまた。